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浦和地方裁判所 平成3年(ワ)1192号 判決 1993年1月25日

A事件原告(B事件被告)

新谷良治

A事件被告(B事件原告)

日栄建設株式会社

A事件被告

所沢市

主文

一  昭和六一年三月二五日早朝、埼玉県所沢市下安松二九九番地先路上で発生した原告運転の普通乗用自動車と舗装工事中の路面に突出していたマンホールとの衝突事故に係る被告日栄建設株式会社の原告に対する損害賠償債務は一〇四七万九九三五円を超えては存在しないことを確認する。

二  原告の被告らに対する請求及び被告日栄建設株式会社の原告に対するその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用はA、B両事件に関する分を合せてこれを三分し、その一を被告日栄建設株式会社の負担とし、その余を原告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  原告

(A事件について)

1 被告らは原告に対し連帯して四〇六二万円及びこれに対する平成三年五月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は被告らの負担とする。

3 仮執行の宣言。

(B事件について)

1 被告日栄建設株式会社(以下「被告会社」という。)の原告に対する請求を棄却する。

2 訴訟費用は被告会社の負担とする。

二  被告会社

(A事件について)

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

(B事件について)

1 昭和六一年三月二五日早朝、埼玉県所沢市下安松二九九番地先路上で発生した原告運転の普通乗用自動車と舗装工事中の路面に突出していたマンホールとの衝突事故に係る被告会社の原告に対する損害賠償債務は七八三万八七二六円を超えては存在しないことを確認する。

2 原告は被告会社に対し一八〇六万一二七四円及びこれに対する平成三年九月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3 訴訟費用は原告の負担とする。

4 第2項につき仮執行の宣言。

三  被告所沢市(以下「被告市」という。)

(A事件について)

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

(A事件関係)

一  請求原因

1 昭和六一年三月二五日午前三時一〇分ころ、埼玉県所沢市下安松二九九番地先路上において、原告が運転する普通乗用自動車が、舗装工事ののため路面が掘り下げられたことにより路面上に突出していたマンホールに衝突するという事故(以下「本件事故」という。)が発生し、その結果、原告は頸椎捻挫の傷害を負つた。

2 本件事故があつた道路とマンホールは被告市が設置し、管理している公の営造物であるところ、被告市が右のような状態において道路を通行の用に供していたのはその管理に瑕疵があり、その結果、本件事故が発生したのであるから、被告市はこれによつて原告が被つた損害を賠償すべきである。

被告会社は被告市から舗装工事を請負い、これを施工していたところ、一時的に工事を中断するに際し、右マンホールについて交通上の安全確保の措置を講じておかなかつたのは被告会社の過失であり、そのために本件事故が発生したのであるから、被告会社はこれによつて原告が被つた損害を賠償すべきである。

3 本件事故によつて原告が被つた損害は次のとおりである。

(一) 休業損害 二三七四万円

(二) 治療費 五〇万円

(三) 通院交通費 五六万円

(四) 車両取換費 一〇〇万円

(五) 眼鏡破損、事故車処理諸雑費 一〇万円

(六) 逸失利益 二六六二万円

原告は、本件事故当時、自動車の運転代行業を営んでおり、これにより一か月四〇万円、年間四八〇万円を超える収入を得ていたが、前記傷害のためその労働能力の四八パーセントを喪失し、右営業を続けることは困難となつた。これによる収入の減少は一か月二〇万円、年間二四〇万円を下らないし、原告のこれから先の就労可能期間は一七年であるので、右年間減少収入及び就労可能期間をもとにして、その間の逸失利益の本件事故後の平成三年五月二五日(後記参照)現在における価額をホフマン方式により算定すると、その金額は二六六二万円である。

(七) 慰謝料 一四〇〇万円

原告は、本件事故の翌日から現在に至るまで日曜日、祝祭日を除くほとんど毎日埼玉県新座市内の石上整形外科病院に通院して前記傷害の治療を受けているほか、昭和六二年一〇月からは別の病院でも治療を受けている。しかし、未だ、完治するに至らず、将来に大きな不安を抱えており、一二年をかけて成長させてきた自動車の運転代行業も廃業しなければならなかつた。このために原告が被つた精神的苦痛は甚大であり、これに対する慰謝料としては一四〇〇万円が相当である。

(被告会社からの支払)

原告は、本件事故後平成三年五月二五日までの間に、被告会社から右(一)ないし(五)の損害金として合計二五九〇万円の支払を受けた。

よつて、原告は被告らに対し、連帯して右(一)ないし(七)の損害合計六六五二万円から被告会社からの支払金二五九〇万円を差し引いた四〇六二万円及びこれに対する本件事故の後である平成三年五月二六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二 請求原因に対する認否

(被告会社)

1  請求原因1の事実のうち原告が本件事故によりその主張の傷害を被つたことは不知、その余は認める。

2  同2の事実のうち、本件事故につき被告会社に過失責任があることは認める。

3  同3のうち、(一)ないし(七)の事実は不知、主張は争う。

医師の診断によれば、原告は先天性の「頸髄症、変形性頸椎症、第五・第六頸椎ゆ合症」の症状を有していることが明らかであるところ、頸髄症及び変形性頸椎症は医学上「加齢現象に基づく疾病」とされているところからすれば、原告の右症状は本件事故によつて生じたものではない。また、原告の右症状は「わずかの機転」発症が予想されるほどのものであるところ、原告は、本件事故以前に別の交通事故に遭い、本件事故当時、右と全く同一の症状のため国立埼玉病院で通院して治療を受けていたが、同病院による原告の症状についての診断内容は本件事故の前(昭和六一年三月一六日)と後(同月二六日)とで全く変つていない。このことは本件事故が原告の症状悪化に何の影響も及ぼしていないことを裏付けるものである。原告は、本件事故以前の交通事故によつて被つた傷害の後遺症について自動車損害賠償保障法施行令別表の後遺障害等級一二級と認定され、自動車損害賠償保障法に基づく後遺障害保険金の給付を受けている。原告の現在の後遺障害は右認定の程度を超えてはいないのであるから、これに対する損害は既に右保険金によつて填補されており、原告にはこれについてさらに賠償を受けるべき損害はない。

(被告市)

1  請求原因1の事実は不知。

2  同2の事実のうち、原告主張の道路及びマンホールが、被告市が設置し、管理している公の営造物であることは認めるが、その管理に瑕疵があることは争う。

本件事故当時、現場付近の道路(市道一ブロツク二号線)は舗装工事中であり、被告会社が被告市から請負つてこれを施工していた。この工事の施工区間は約三〇〇メートルであり、その開始地点の道路南側(原告運転の自動車の進行方向から見て右側)には工事中であることを示す回転灯が、北側(同じく左側)には「工事中につき徐行」の看板がそれぞれ設置されていた。また、右開始地点の手前五〇メートル、一〇〇メートル、二〇〇メートルの三か所には道路北側(同じく左側)にそれぞれ「工事中」の看板が設置されており、本件事故当時は、舗装工事は原告運転の自動車の進行方向から見てマンホールの手前約六メートルの地点まで完了していたところ、その五ないし一〇メートル手前の道路北側(同じく左側)には「この先段差あり」の看板が設置されていた。さらに、マンホールの付近には約一〇個の点滅灯(保安灯)と四、五個の工事中であることを示す円錐形標識(スコツチコーン)が道路両側に置かれていた。工事完了部分と未舗装部分との段差は五センチメートルほどであつたが、本件事故当時は、二日ほど前にあつた大雪のため未舗装部分には車両の通行によるへこみ部分が生じ、マンホールの最上部の蓋と路面との間の段差は約一〇センチメートルになつていた。しかし、そうであつても、原告運転の自動車(日産セドリツク)の最低地上高は約一七・五センチメートルであるから、原告が制限速度時速四〇キロメートルを遵守し、前記看板等の標識に注意して走行していれば、本件のような事故は発生しなかつたはずである。本件事故は、原告の無謀な自動車の運転と大雪が道路にもたらした予想外の被害、すなわち不可抗力によつて発生したものであり、道路やマンホールの管理に瑕疵はなかつた。

3  同3の事実のうち、(一)ないし(七)の事実は不知、主張は争う。

原告の症状と本件事故との間の因果関係等については被告会社の主張と同旨である。

三 抗弁

1  仮に、原告の症状と本件事故との間に相当因果関係があるとしても、本件事故は、原告が前記看板等による注意、警告を無視して、制限速度時速四〇キロメートルを二〇ないし三〇キロメートルも超過した時速六〇ないし七〇キロメートルの速度で自動車を走行させたため自動車が段差のところで大きくバウンドしたか、或いはマンホールの手前で急ブレーキをかけるなどしたため車体が通常では考えられないほど深く沈み込んだことにより発生したものと考えられるから、損害額を算定するうえで原告の右過失を斟酌すべきであり、その割合は被告らの三に対し原告の七とするのが相当である。

2  原告において自認するとおり、被告会社は原告に対し既に二五九〇万円を支払つており、本件事故によつて原告に生じた損害はすべてこれによつて填補されているばかりか、後記のとおり、右金額は原告に生じた損害の金額を超過するものである。

四 抗弁に対する認否

1  抗弁1のうち、事実は否認し、主張は争う。本件事故当時、現場付近には被告ら主張の看板等の標識は全く存在していなかつた。

2  同2の事実のうち、被告会社が原告に対し二五九〇万円を支払つたことは認める。

(B事件関係)

一  請求原因

1 甲事件の請求原因1と同じ。

2 被告会社は、被告市から本件事故当時現場付近における道路の舗装工事を請負い、施工していたところ、本件事故については被告会社に過失責任があることを認め、原告に対し物損として一〇〇万円、傷害関係の損害として二四九〇万円、合計二五九〇万円を支払つた。

3 しかしながら、原告が本件事故によつて被つた損害の合計額は次のとおり七八三万八七二六円である。

(一) 休業損害 一〇七一万三一〇七円

医師の何回かの診断を総合すると、原告の症状は事故後三年を経過した平成元年三月二八日の時点では既に固定しているとみるのが合理的である。原告の昭和六〇年分の総所得金額は三五七万一〇三六円であるから症状固定までの三年間の休業損害はこれの三倍に相当する一〇七一万三一〇七円である。

(二) 過失利益 一七七万二八〇五円

原告の後遺障害は頸部に頑固な神経症状を残すものとして、自動車損害賠償保障法施行令別表の後遺障害等級一二級に該当するからその労働能力喪失率は一四パーセントであり、労働能力喪失期間は四年である。そこで、前記年間総所得金額三五七万一〇三六円に労働能力喪失期間四年に相当するライプニツツ係数三・五四六、労働能力喪失率一四パーセントを順に乗ずると、その金額は一七七万二八〇五円である。

(三) 通院慰謝料 一一四万円

原告は本件事故によつて被つた傷害のため一四か月間病院に通院して治療を受けた。これによつて原告が被つた精神的苦痛に対する慰謝料は一一四万円とするのが相当である。

(四) 後遺障害慰謝料 一〇五万円

前記後遺障害のために原告が被つた精神的苦痛に対する慰謝料は一〇五万円とするのが相当である。

右(一)ないし(四)の損害は合計一四六七万五九一二円であるが、原告にはその頸部に先天性器質障害があり、これが治療の長期化の大きな要員となつているから、本件事故と相当因果関係がある損害としてはその五割に相当する七三三万七九五六円とするのが相当である。

(五) 物損 五〇万〇七七〇円

したがつて、被告会社は、前記支払金二五九〇万円から以上(一)ないし(五)の損害合計七八三万八七二六円を差し引いた一八〇六万一二七四円については支払義務がないのに支払つたわけであり、その結果、原告はこれを不当に利得し、被告会社は同額の損害を被つたのである。

よつて、被告会社は原告に対し、本件事故に係る被告会社の原告に対する損害賠償債務は七八三万八七二六円を超えては存在しないことの確認並びに右一八〇六万一二七四円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日である平成三年九月六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1 請求原因1、2の各事実は認める

2 同3の主張は争う。

本件事故のために原告について生じた損害はA事件の請求原因3で主張したとおりである。

三  抗弁

仮に、被告会社の主張が認められるとしても、被告会社は、その主張の差額金一八〇六万一二七四円についてはその支払の当時支払義務がないことを知りながらこれを支払つたのであるから、その返還を求めることはできない。

四  抗弁に対する認否

争う。

五  再抗弁

仮に、原告の抗弁事実が認められるとしても、被告会社が原告に対し前記差額金を支払つたのは原告の強制によるものである。すなわち、原告は、本件事故については被告会社にすべての責任があるとし、もし、被告会社が原告の要求に従わないときは、工事の発注者である被告市に対し損害賠償を請求するとして、執拗に要求を繰り返した。被告会社としては、もし、要求を拒絶すれば、原告において被告市に対しどのような要求をするかも知れず、そうなつたのでは、今後、被告市から工事を受注するについて影響が出るおそれがあつたので、止むなく、原告に要求されるまま、物損として一〇〇万円、傷害関係の損害として当初に五〇万円、その後、毎月四〇万円ずつ、合計二四九〇万円、両者を合せて二五九〇万円を支払つたのである。したがつて、被告会社は右差額金に相当する利得の返還を請求することができる。

六  再抗弁に対する認否

否認する。被告会社は独自の判断で、任意にその主張の支払をしたものである。

第三証拠

本件訴訟記録中の「書証目録」及び「証人等目録」に記載のとおりである。

理由

一  本件事故が発生したことは原告と被告会社との間では争いがなく、原告と被告市との間では弁論の全趣旨によつてこれを認めることができる。

二  そして、本件事故につき被告会社に過失責任があることについては被告会社において認めて争わないところであるから、本件事故につき被告市の損害賠償責任が認められるかどうかは暫くおき、まず、本件事故のために原告に生じた損害について検討する。

1  休業損害 一〇七一万三一〇七円

いずれも成立に争いのない乙(イ)第一号証、第三号証の二、三、第六号証の一ないし三、いずれも弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる乙(イ)第四号証の三、四、第五号証、原告の本人尋問の結果によれば、本件事故の際、原告運転の自動車はマンホールに衝突して急停車し、原告の身体に激しい衝撃が走つたこと、事故後三日ほど経過して、頸部が腫れてきたので、原告は、昭和六一年三月二八日、埼玉県新座市内の石上整形外科で診察を受け、頸椎捻挫のため約一か月間の安静加療を要する旨の診断がされたこと、本件事故当時、原告は、自動車の運転代行業を営み、その昭和六〇年分の納税申告上の総所得金額は三五七万一〇三六円となつていたが、本件事故後は自動車の運転は困難となり、休業して治療に専念することとなつたこと、それ以来、原告は、石上整形外科に通院して、頸部の牽引、薬剤の塗布、電気療法などの治療を受け、その結果、原告の症状には次第に改善の跡がみられるようになり、平成元年三月三〇日の時点での石上英昭医師の判断では自動車損害賠償保障法に基づく保険給付との関係では症状固定としてもよい状態に達したこと、しかし、その後も、頸部の牽引等によつて自覚的には症状の軽快がみられ、原告は、平成三年一一月一八日まで引き続いて治療を受け、その後は受けていないこと、以上の事実が認められる。

右事実によれば、原告は、本件事故によつて頸椎捻挫の傷害を負い、治療の結果、事故の三年後の平成元年三月三〇日の時点では原告の症状は固定の状態に達したと認めるのが相当であり、その間、原告は治療に専念し、稼働することができなかつたのであるから、その休業損害は、前記総所得金額三五七万一〇三六円の三年分に相当する一〇七一万三一〇八円とするのが相当である。

ところで、前示乙(イ)第三号証の三、四、いずれも成立に争いのない甲第三号証の一、二、原告の本人尋問の結果によれば、原告は、本件事故の以前にも何度か交通事故に遭い、本件事故の二か月ほど前の昭和六一年一月二三日にも頸椎捻挫のため医師の治療を受けていること、原告には先天性の頸ゆ合症があり、わずかの機転で頸椎捻挫、頸髄症等の症状を起こすことが認められるが、そうであるからといつて、被告ら主張のように、本件事故と原告の症状との間の因果関係を否定することは困難である。また、被告会社は、右事実から、本件事故が原告の症状に寄与した割合を五割とみて、これと相当因果関係がある損害としては発生した損害の五割とすべきである旨主張するが、右事実だけから直ちにそのように解すべき合理的な理由を見い出すことはできない。

2  治療関係費 五五万一五〇〇円

弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる甲第六号証の一、二の一、二、三の一、二、四の一、二によれば、原告がその傷害の治療のために自ら負担した治療費その他の費用は浅野病院関係一八万円、虎ノ門白寿診療所関係五万一五〇〇円、クロレラ関係三二万円、合計五五万一五〇〇円であることが認められる。

3  通院交通費 二二万二四八〇円

前示甲第六号証の一によれば、原告がその傷害の治療のため石上整形外科その他の医療機関に通院するために要した交通費は二二万二四八〇円であることが認められる。

4  自動車破損による損害 五〇万〇七七〇円

いずれも弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる甲第二号証、乙(イ)第七号証の一、二によれば、本件事故のために原告が運転していた自動車(原告の所有)はメンバーアクスル、屋根、ボデイ三か所、底部に破損が生じ、これを修理するためには五〇万〇七七〇円を要することが認められる。

そのほか、原告は、本件事故のために生じた眼鏡破損、事故処理雑費として一〇万円を要したと主張するが、これを認めるに足りる的確な証拠はない。

5  逸失利益 三九七万二〇一三円

前示乙(イ)第四号証の三、四、第五号証及び原告の本人尋問の結果によれば、症状固定の時期として前述した平成元年三月三〇日の時点における原告の症状についての医師による診断名は「頸椎捻挫、頸髄症、変形性頸椎症第五・第六ゆ合症」であり、そのため原告の頸部には頑固な神経症状が残つていることが認められる。これによれば、原告の右後遺障害は自動車損害賠償保障法施行令別表の後遺障害等級一二級に該当し、これによれば、原告はその労働能力のうち一四パーセントを喪失したということができる。ところで、右後遺障害がどの程度の期間存続するかは一つの問題であり、被告会社は、これを四年間とみるべきであると主張するが、前記症状固定の時期とみられる平成元年三月三〇日から既に三年以上を経過した同四年六月八日の原告本人に対する尋問の時点においても右後遺障害は依然として残つていることが認められ、これからすれば、被告会社の右主張は必ずしも当を得たものではないといわなければならない。そこで、ほかにこの点についての的確な証拠がない本件においては、右後遺障害は症状固定のときから一〇年間は存続するものとして、前記総所得金額三五七万一〇三六円をもとにし、ホフマン方式により年五分の割合による中間利息を控除して右労働能力喪失による逸失利益の症状固定の時点での価額を算定すると、その金額は次のとおり三九七万二〇一三円である。3,571,036円×0.14×7.9449(ホフマン係数)=3,972,013円

(過失相殺)

以上1ないし5の損害は合計一五九五万九八七〇円であるが、証人阿部克美の証言とこれにより真正に成立したと認められる乙(ロ)第四号証、右証言により本件事故当時の看板等の標識の設置状況を再現した写真であることが認められる乙(ロ)第五号証の一ないし七、証人河原喜芳の証言及び被告会社代表者の尋問の結果によれば、本件事故現場で施工されていた道路の舗装工事は、約三〇〇メートルの区間にわたつて古い舗装を取り除き、地盤を整備したうえ、新しく舗装をし直すというものであること、その開始地点の道路南側(原告運転の自動車は西方から東方へ向つて進行したのであり、その進行方向から見ると右側)には工事中であることを示す回転灯が、北側(同じく左側)には「工事中につき徐行」の看板がそれぞれ設置されていたこと、また、右開始地点の手前五〇メートル、一〇〇メートル、二〇〇メートルの三か所には道路北側(同じく左側)にそれぞれ「工事中」の看板が設置されており、本件事故当時は、舗装工事は原告運転の自動車の進行方向から見てマンホールの手前約六メートルの地点まで完了していたところ、その数メートル手前の道路北側(同じく左側)には「この先段差あり」の看板が設置されており、マンホールの付近には何個かの点滅灯(保安灯)と工事中であることを示す円錐形標識(スコツチコーン)が置かれていたこと、右工事完了部分と未舗装部分の段差は五センチメートルほどであつたが、マンホールの周辺においては二日ほど前にあつた降雪のため車両の通行によつてへこみが生じており、マンホールの最上部の蓋と路面との間の段差は約一〇センチメートルになつていたこと、以上の事実が認められ、本件事故当時、看板等の標識はなかつたとする原告本人の供述は前掲各証拠と対比してにわかに信用しがたく、ほかに右認定に反する証拠はない。右事実によれば、原告が自動車を運転して本件事故現場付近を通行する際、右看板等の標識に注意して、これに従つて減速徐行し、前方を注視しながら進行していれば、本件事故の発生を避けることもできたはずであり、したがつて、本件事故については原告にも過失があり、発生した損害についてはその二分の一の限度で自らも責を負うのが相当である。そこで、前記損害合計一五九五万九八七〇円からその二分の一を減ずると、その残額は七九七万九九三五円である。

6  慰謝料 二五〇万円

本件事故の状況、特に本件事故については原告にも一半の責任があること、原告が被つた傷害の部位・程度、その治療経過、後遺障害の部位・程度等、審理に顕れた諸搬の事情に照らすと、原告が本件事故により身体を害されたために被つた精神的苦痛に対する慰謝料は二五〇万円とするのが相当である。

以上の損害は合計一〇四七万九九三五円であり、本件事故に係る被告会社の原告に対する損害賠償債務は右の限度においてのみ存するところ、被告会社が原告に対し右損害金として二五九〇万円を支払つたことは当事者間に争いがない。そうであるとすると、右支払金は右損害金の額を一五四二万〇〇六五円上回つており、したがつて、原告の被告会社に対する請求は理由がない。

また、原告の被告市に対する請求は、仮に、本件事故につき被告市の過失責任が認められるにしても、被告市が賠償の責を負うべき損害は被告会社による右支払金によつてすべて填補されているから、理由がないものといわなければならない。

三  前述したところによれば、被告会社が原告に対して支払つた二五九〇万円のうち一五四二万〇〇六五円はその支払義務がないのに支払われたのであるから、原告は法律上の原因なくしてこれを利得し、被告会社はこれと同額の損害を被つたことになるわけである。したがつて、本来であれば、原告は被告会社に対しこれを返還すべきものであるが、成立に争いのない乙(イ)第二号証の一ないし六四、被告会社代表者の尋問の結果によれば、被告会社は、常用従業員二〇人ほどの小規模な、土木工事の請負等を営業目的とする会社であつて、その工事受注高の七割は官公庁からのものであり、しかも、そのうちの五割は被告市からのものであること、本件事故後、原告が被告市に対して事故による損害の賠償を請求したものとみえ、被告会社は、被告市から、原告の請求に応じて支払をするよう要請されたこと、そこで、被告会社は、当初、原告の請求どおり、昭和六一年三、四月分の休業損害として一か月四〇万円の割合で五〇万円を、自動車破損による損害として一〇〇万円をそれぞれ支払つたこと、そして、被告会社としては、これで損害の賠償は済んだものと思つていたところ、さらに、被告市から、原告による昭和六一年五月分以降の休業損害の請求にも応ずるよう要請され、その後は被告市からの要請や原告からの請求があると否とにかかわらず、昭和六一年五月分から平成三年五月分まで毎月四〇万円ずつ送金して支払を続けたこと、しかし、被告会社は、次第にその支払に耐えられなくなつたので、弁護士の意見を徴し、これに従い平成三年六月分以降の支払を停止したこと、被告会社が右のように長期間にわたり多額の支払をしたのは、被告会社としては当初からそのような多額の賠償金の支払義務があるとは思つていなかつたが、原告に対する支払を拒絶すると、原告が被告市に対して重ねて請求をすることが予想され、このようにして被告市に対して迷惑をかけることは、将来において、被告市から土木工事等の注文を受けるについては不利な結果を招来するのではないかとのおそれを抱いたためであること、以上の事実が認められる。これによれば、被告会社は、原告に対して支払つた二五九〇万円のうち金額は特定できないにしてもそのかなりの部分についてはそれまでの支払義務はないことを知りながら支払つたものであり、もとより、そうすることは被告会社の欲するところではなかつたが、被告会社は、被告市との間の良好な関係を保持するという営業政策上の独自の判断からそのような方途を選んだのであつて、右認定の事実から直ちに原告若しくは被告市から強制されてこれをしたものとはいえず、ほかにこの点についての被告会社主張の事実を認めるに足りる証拠はない。したがつて、被告会社は原告に対し前記過払金相当額の返還を請求することはできないというべきであり、被告会社のこの点についての請求は理由がない。

四  よつて、原告の請求は理由がないことからこれを棄却し、被告会社の請求は前説示の限度でこれを認容し、その余を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 大塚一郎 小林敬子 佐久間健吉)

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